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山の祭り



 山の近くに住む人々は古くから山の神の怒りを静める祭りを行ってきた。山は聖なる場所、死の世界であり、人間の暮らしに災厄をもたらすと考えた。自然災害を山に封じ込め、五穀豊穣を祈願したり、山の自然と折り合いをつけることで自然の霊威と人の死の恐怖を和らげようと祭りを行った。

 大歳の名の由来は大歳小学校の敷地に大歳様が祭られていたことから名付けられた。大歳様は農耕の神で、現在は校舎増築で、東南の隅に移され、台座の上に石室で祀られている。

 山口市佐山・須川の山固め行事は毎年12月5日に行われる。市の無形民俗文化財に指定され、地区の大歳神社の祭事として行われてきた。山に住む猪や兎などの獣害、ウンカ、メイ虫などの害虫を山に封じ込め、豊作を祈るもので『防長風土注進案』には享禄四年(1531)の記載がある。
 
 大歳・馬庭では権現様と明神様を祀る行事が今も行われている。権現様は火の神で、明神様は水の神様、毎年4月10日に馬庭の奥の権現山に登り神酒、ご飯、竹輪を供えて山を下りて稜に集って祝う。馬庭集落の入り口には森様があり、風の神も祀られている。(2005年4月7日)



こんな祭りもある










竹炭作り修業

 山口県の山林は輸入財に押されて手入れが行き届かず、竹林がはびこり昔に比べて六倍に広がっていて手に負えなくなっている。阿武森林組合が見かねて炭焼き講習会を開催した。

 明治維新の激戦地・明木の里(合併により17年4月から萩市)にドラム缶で作った炭窯があり、講師には炭焼き名人・瀬戸山進さんが指導し、林業農家の男女20名ばかりが参加した。竹炭は既に焼かれていて、冷めた炭窯から入り口の砂を取り除き、横に埋めたドラム缶の口を開ける。オオ!と歓声が上がる。半分炭になり、灰が下に溜まっている。灰を舐めると塩辛くミネラルやカリウムを含んだ貴重品である。竹炭は多孔質の微細構造で小さな穴を合わせると一cの表面積は270畳分にもなる。その穴に善玉微生物が住み着き川の浄化にも役立つ。

 米飯では輻射熱でふっくらとした仕上がりになる。副産物の竹昨液はアトピー性皮膚炎のかゆみを抑えたり、血糖値を下げるなどの効用がある。粉末を原料に石鹸や化粧水などにも応用できよう。OME(相手先ブランドによる生産)メーカさん、ひとつ商品化してみませんか?。
(2005年4月14日)












徳佐の花見

 県森林部の呼びかけで牛飼いの仲間たちと徳佐八幡宮の花見に誘われた。
 山口盆地の桜の名所、一の坂川、矢原河川公園、維新公園、木戸公園のソメイヨシノはすっかり散ってしまったが、徳佐八幡宮の参道は桜のトンネルができ、コブシやリンゴ、ナシが可憐な花をつけ見事なものであった。徳佐花祭りの一週間後ではあったが、大勢の花見客でにぎわい、サクラ吹雪の中で上等の阿東和牛のバーベキューを楽しんだ。

 八幡宮の前面には別名長門富士の十種ケ峰(989)後方に高岳山(1040)が聳える。なだらかな山の多い中国地方ではこの山が県内の最高峰である。一駅先の船平山駅のトンネルを越えるともう島根県・津和野である。

 山口線にSLの轟音も響く農村風景である。付近ではトラクターがエンジンの音を響かせ、代かきが始まっていた。古くは徳佐盆地に沿って阿武川は津和野に向かって流れていた。青野山の爆発で堰きとめられた川は長門峡を一気に突き破って萩に向かって流れ出し、長門峡の奇岩や両岸の絶壁を作り出した。山口線は煎餅を二つに割った大地溝帯(フォッサマグナ)を黒煙を吐いてひた走る。(2005年4月21日)












市民農園開設

 10m×10m=100uの小さな市民農園(KlineGerten)として貸し出しを始めた。

 朝市に毎日野菜を出荷していると新鮮で旬の野菜を食べたいと言う消費者の指向が広がっていることを実感した。都会生活では食べ物の季節感が薄れ、栄養価の高い旬の野菜がいつ取れるのかわからないようになっている。

 アジアの国々からも輸入野菜が運びこまれて、裏の流通センターでパックして関西方面に運ばれていく。日本の食糧自給率も40%を切っていて、これを45%まで引き上げようと地産地消を進める政策に取り組んでいるが、これだけ国際化した中では、実現は容易ではない。

 山口市も今年から農業への理解を深めようと「市民農園」の登録制度を始めた。農家の人が30uの15区画以上、3年以上継続する条件で、農園整備の費用5万円を補助し看板を作成するという.

 我が家の農園は市の条件に適合しないので、独自にチラシを配って募集し、田圃を畑に転換する作業に入った。慣れない耕運機を操り、肥料を撒き、整地して、野菜作りの条件だけは整った。

 旬を味わうため、家族で汗を流してみませんか?(2005年4月28日)



 







萌黄の里

 「こどもの日」にちなんで総務省がまとめた人口推計によると、4月1日現在の15歳未満のこどもの数は1765万人で前年より15万人減った。24年連続の減少で総人口に占める割合も過去最低の13・8%となり低下が続いている。こどもの割合が高いのは沖縄で最も低いのは東京。山口県は全国で5番目に低いそうだ。

 さてこの朝田川沿いにもこどもの姿はみあたらない。高齢者ばかりが目につく。家の周りは四方萌黄色の里になって、木々の緑や黄色の若芽が芽吹いて見事なまでに春を感じさせるが、鯉のぼりの泳ぐ闊達な風景が見られない。

 GWには晴天が続き、庭の草花の手入れや草取りに追われた。小さな貸し農園も三人の耕作者が申し込み、購入した耕運機で田を鋤き、畝を作って、苗を植え付けた。大きく育って朝市に出荷する日が待たれる。

 庭に咲いた草花は満開に咲き誇っている。少しずつ束ねて朝市に出すとお花はよく売れる。

 苺も実をつけて初ものとして味わった。プランターに仕込んだ「里シメジ」も小さな芽を出し始めた。朝は朝星、夜は夜星。疲れた。1杯飲んで寝るぞ。(2005年5月5日)

 










馬券売り場

 我が家のわずか一キロ先の小郡町上郷・小郡インター流通団地に県内初の場外馬券売り場が完成した.。五年前の帰郷当時、誘致は大きな政治問題となって小郡町の住民の大きな関心事であった。予定された場所ではアクセス道路を敷設する必要がある。ギャンブルは青少年に悪影響がある、日に四万台の車が出入りし交通渋滞を起こすなど小郡町にメリットはない、いや県の臍で交通の中心地、活性化につながる等の意見が交錯していた。

 私はギャンブルにはあまり興味がないが、府中の東京競馬場には何度か足を運んで、競馬場の雰囲気を知っている。家族づれで広い芝生を眺めて遊んだり、馬券の買い方なども少しは知っている。誘致には賛成で
町の活性化にも寄与しようと遠くから眺めていた。その後予定場所が小郡仁保津第二土地区画整理組合の流通団地に変更されたことで、日本中央競馬会(JRA)から承認され昨年9月から工事を着工していた。敷地は3万7千uに4千uの緑地・遊園地スペースと600台収容の無料駐車場を備える。総工費27億円、半径2キロ範囲の道路や街頭などの整備を補助する。(2005年5月12日)












住宅団地

 小郡町の活気がものすごい。新幹線の駅名を「小郡」から「新山口」に変更し南口の商業地区をバイパス道路まで大開発して、すでに大型店舗も開店し始めた。今度は北口開発だ。十月一日には山口市と合併して一市四町の人口二十万の平成の大合併後に、北口の開発地域に市役所が移転する計画とか。北口の明治通りや大正通りは一方通行となって人通りも無く、シャッターを下ろした狭い商店街が続く嘗ての賑わいはない。

 新幹線の「のぞみ」が昨年から停車するようになって俄然山口県の交通の臍として活気がみなぎってきた。我が家は山口盆地の入り口で、小郡と境を接している。山口市街地が南下するとともに小郡の住宅地が北上して朝田川のみ残された未開発地域の迫である。西の小郡丘陵は既に流通センター、農業高校、仁保津流通団地、中国縦貫道小郡インター、光が丘団地と続いている。その小郡インターチェンジのすぐそば、9号線の山側に新たに開発して造った南向きの大型住宅地が造成されている、総面積は東京ドームの約十倍という。ヴェルコリーナ山口は住宅メーカー積水ハウスが315区画を販売するそーな。(2005年5月19日)










春の海

 「眼に青葉山ほととぎす初がつを」野も山も新緑に萌え爽やかな風に吹かれると無精に釣りに行きたくなる。陸では繁殖力の強い兎をもって卯月に当てているが、魚の大部分も産卵期で卵という象形文字が当てられる。

 各地でキスのシーズン到来と、下関綾羅木で20センチ前後が、マダイも好調、宇部、小野田ではサヨリやスズキ、防府で良型キスが30匹程度、アオリイカやチヌ、コアジも釣れだしたと報じる。

 三人組で防府のマツダ新工場沖の小茅という防波堤に出かける。集合まで間があったので防府の工業地帯をドライブする。この辺は広大な塩田地帯であった。今、塩を運んだ運河と、塩田公園が整備されわずかに面影を偲ぶことができる。自衛隊の航空基地や、協和発酵、マツダ自動車、ブリジストンの近代工場が建ち並ぶ。

 
この時期、海は春湛り続きで、白濁の中に豊富な餌を含み各種の仔魚がどんどん成長していく。海草類は胞子を続々と放出する、産卵を済ませた魚の味は惨めなくらい落ちていく。結局チヌ釣りがボラに変わって「ボラボラ飛べ・・・7度飛べ」という始末。春の海でファントムの航空ショーを見て満足することにした。