近現代行政文書
山口県旧庁舎・旧県会議事堂と山口県行政文書が国指定の重要文化財に指定された。大歳史談会で古文書の勉強会があり、「江戸時代の旅」を解読しながら学んでいる。テキストは文書館から借りた古文書である。
指定された「山口県行政文書」は明治4年から昭和22年の県庁や郡役所の文書1万3千余点で、維新の動乱から現代に至る県の行財政を知る貴重な文書である。
敗戦によって多くの文書は消失してしまった。占領軍に見つからないよう三日三晩焼いたということもあって、戦前の文書は多く残っていない。このような文書が残されているのは全国的にも珍しく、京都府総合資料館の「京都府行政文書」に次ぐ全国二番目の重要文化財指定である。文書がなぜ残ったのか県文書館の山崎一郎氏が解説してくれた。大正時代明倫小学校長の安藤紀一氏が「旧郡衛記録保存の建議」を行い、戦前に石川卓美氏等の尽力で県史編纂が始まり、図書館郷土資料室に文書が収集された。昭和34年に日本で最初の文書館が開設されたことも大きい。合併で多くの文書が失われよう
だが、文書館の地下書庫をみて考えてみよう。(2005年6月2日)
三病息災
「無病息災」という仏語がある。仏の力で災害を消滅する、身に災いがない、健康を意味する。
日頃はどこも異常なく健康な生活を送っているが、市の健康診査を受けてガンの要注意報が出て、精密検査を受けることになった。60歳を過ぎるとどこか身体に異常が生じ健康も下降に向かうのは誰でもである。一つや二つの病気と折り合いをつけながら無理せずに過ごしていくのがフツーなのであろう。私も三歳で小児麻痺を煩い股関節脱臼、胃潰瘍とお付き合いが長い。同輩が死亡したとの知らせもよく届くようになった。同級生の一割以上が物故していることを考えれば「俺だけは大丈夫」と言ってはいられなくなる。
精密検査までまだまだ一週間ある。悪性との結果であれば遺り残したことが沢山ある。おかげで随分身辺整理が進んだ。
山口出身の大先輩で東京聖路加病院長の日野原重明氏の「93歳あるがままに行く」という新聞のコラムを読む。どうしうれば健康で長寿を楽しむことができるかの指南書である。
「私はこうして病気を克服した」などサイトを作れば、結構アクセスする人も多いのではないかと話題探しを始めた。(2005年6月9日)
雨よ降れ
椎の花が咲いたり、竹の花が咲いたりすれば気候異常が起こると云われている。今年の春、吉敷の金山、中尾、吉敷畑の山々が萌黄色に彩られて格別美しい風景が見られた。案の定、5,6月は晴天続きで畑の土はカラカラ。市民農園の野菜も元気が無く、朝、夕に水遣りが続いた。沖縄で梅雨入りが宣言されたものの前線が鹿児島にとどまって大雨を降らせる一方、こちらは少雨による水不足が続いている。気象台によると太平洋高気圧がオホーツク高気圧に比べて弱いため両者の境界の梅雨前線が北上しないという状況が続いている。
井戸水の汲み上げモーターが故障して、水道料金を気にしながら水道水を撒く、風が吹けば桶屋が儲かるの論で「風が吹けば、ほこりがたつ。ほこりがたてば、目にゴミがはいる。目にゴミが入れば、盲目の人が出る。盲目の人が出れば、三味線を習う。三味線が売れるとネコの皮の需要が増える。ネコの皮の需要が増えると、ネコが捕まる。ネコが捕まるとネズミが増える。ネズミが増えると桶をかじる。桶をかじると修理に桶屋に持っていく。桶屋に持っていくと桶屋が儲かる。水道屋も儲かる。」雨よ降れ。(2005年6月16日)
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梅干し
6月11日は暦の上での入梅。 しかしいっこうに雨は降らず暑い日照りが続く。庭の梅の実もたわわに実って梅酒と梅干しを作ろうと元気支度を始めた。
最近は塩分控えめの風潮で、「ワーすっぱい」という幼い頃のあのおふくろの味はとんと見当たらなくなった。食卓の小さな一粒を年中味わいたいという気で手間をかけて昔ながらの梅干し造りに挑戦した。造り方はいろいろな人に聞きまわり、名人と言われる人には梅とシソを渡して作って貰うことにした。自分では梅酒にしてチビチビと味わっている。梅干しはお日様の恵みとにがりの効いた塩が命。天日乾燥の「伯方の塩」を20%で漬けてみた。名人は10%で漬けるといっていたので敢えてこちらは保存を目的にした。@梅を水洗して水に半日漬ける。Aヘタをとりふきんで拭くBポリ袋に梅、焼酎、塩をまぶすC樽にビニール袋のまま押し蓋と重石を乗せて冷暗所に保管D十日ぐらいで梅がしっかり浸るぐらいに梅酢があがってきたら重石を減らす。Eそのまま8月まで置いて最後の仕上げ「三日三晩の土用夜干し」さあこれで夏の元気を与えてくれる梅干しができるハズ。
紫陽花
梅雨時期雨が降ると生き生きと咲く紫陽花(アジサイ)は花の少ない時期の貴重な花である。北鎌倉の寺町のアジサイは有名な観光地であるが、こちらでも防府市牟礼周防阿弥陀寺は境内に約4千株が植えられあじさい寺の愛称で親しまれている。また美東町のカルストロードに沿った秋吉台サファリーランドから大正洞、景清洞にかけての3kmの沿道にも3千株が植えられて「秋吉台あじさい祭り」も開かれる。
本州と四国の一部に咲くガクアジサイはオシベとメシベが退化してオシベとメシベを保護する顎が花びらに見えるもの。原産地は日本で酸性土壌の日本では本来青花だが、赤、薄紫、紫、白色と多彩である。1790年ヨーロッパに持ち込まれたとの記録もあるが、幕末にシーボルトが紹介したとされる。ハイドランジア又はセイヨウアジサイと呼ばれる多彩な品種群が作り出されてきた。
吉敷畑の朝市でアジサイの苗を売っていたので買い求め、早速阿仙原の棚田跡や林道阿仙原線にも処々植え込んだ。
来年の梅雨時期には成長して美しい花を咲かせてくれるだろう。花色は咲いてからのお楽しみ。(2005年6月30日)