『船頭さんに手拭いもろて、何に染みょかと、紺屋(こうや)に聞けば、一にゃ沢潟(おもだか)、ニにゃ杜若(かきつばた)、三にゃ桜花四にゃ獅子牡丹・・・・』という手まり歌が山口市で歌われていた。この歌は紋どころを数え歌にしているが、にしているが、一に長州藩主毛利氏の家紋の沢潟をあげている。
先週の27日毛利元就の菩提寺である洞春寺で、山口育児院の百周年と新院舎の落慶法要が行われた。
山門に沢潟の家紋の幕が掲げられ禅宗の質素な寺であるが格式の高い寺である。洞春寺はもともとは廣島にあったものが、関ヶ原の戦いで防長二州に削られた節、萩に移された。山口政治堂が維新の前夜山口に移され、一緒に引っ越してきた。その洞春寺が育児院を創設し、仏教慈悲の精神で百年間運営されてきた。
禅宗の落慶式は私には初めてで興味深かった。京都南禅寺の管長・香南軒小林老師のお勤めで、県内の健仁寺派、南禅寺派、東福寺派、黄壁宗の二十余人の禅僧が一斉に読経する。本尊諷経は般若心経、消災呪、回向、世代諷経は大悲呪、火徳諷経は、佛頂尊勝陀羅尼が朗朗と本堂に響く。その後新院舎で式典となり二百余名が祝福した。「己こそ己のよるべ己を措きて己にこそまことえがたきよるべぞ獲ん」と法句経を唱えた。
洞春寺と山口育児院(PDFファイル)