家族旅行村
県農林部の主催で、森林に親しむ会が催され、NPO法人山口里山ネットワークがお手伝いした。
場所は秋吉台の黒谷地区の家族旅行村。小学生や父母200名が参加して、思い思いに森の恵みを楽しむ行事である。
秋吉台は日本最大のカルスト台地で、国定公園(面積4500f)。その雄大な景観は石灰岩の岩肌が露出するラピエ、月のクレーターのような凹地のドリーネやウバーレ、ポリエなどがあって三億年昔のサンゴ礁として生まれた台地である。
家族旅行村はキャンプ場やケビン、バーベキュー広場、ログハウス、冒険広場が整備され、自然の中で家族サービスするにはもってこいの場所である。
倒木を伐採して椅子やベンチを作る。竹を切って竹馬、竹とんぼ、カップを作る、キノコや紅葉葉を集めて色あわせゲームを楽しむ。カレーと猪肉の汁を味わう。私はインデアンのテビー(tepee)とドーム(wigwam・円形又は卵形の小屋)を木組で作り、周りにはビニールや模造紙に思い思いに絵を描いてもらい、枯葉を貼って完成。竹トンボを飛ばして子供達と秋吉台の秋を満喫した。(2004年11月25日)
秋晴れの休日。徳山フェリー港を出港して人間魚雷回天の島・大津島に向かった。同行三人・関谷鎮雄さんと長尾倶邦さん。パソコン繋がりで気の置けない釣り仲間である。二十分ほどでフェリーを降りて、すぐ近くの防波堤で竿を入れる。鯵の魚群が色濃く遊泳しているが、なかなか食いつかない。とうとう本命の鯵は釣れず。関谷名人に5匹分けて貰って、早々に引き揚げ「たたき」にして晩酌を楽しんだ。
さて、お魚談義。これは三浦定之助(明治20年〜昭和36年)の名著「おさかな談義」に負うところが多い。著者は潜水技師として、日本各地の漁場を調査して魚についての造詣は殊に深い。昭和18年出版の「魚の話」などを元に、最近復刻発行された。
アジはマアジ、ムロアジ、メアジ、シマアジ、ヒラアジ、尾赤アジ、オニアジと七種類あり、暖海の礁を中心に、砂泥底を回遊している。アジ属の特徴として側面の背梁骨に硬い鎧張りの大鱗があるが、俗にこれをゼンゴ鱗といって、そこで寒暖を感じる。アジの産卵は四月頃、二昼夜で孵化し九月頃には十五aほどに成長する。新島のくさやは江戸時代からの珍味である。(2004年12月2日)
アジの見本です
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近代化遺産
青色の車体にクリーム色の線が入った新鮮な客車「ブルートレイン」と親しまれた寝台特急「あさかぜ」が来年三月に廃止されるというので、「センチメンタル・ジャーニー」と洒落て上京した。
新山口駅で切符を車に忘れ、家に引き返す。九時には汽車は出て、今広島を過ぎた頃、新幹線で追いかけることにし、岡山駅で一時間待って乗車できた。
B寝台は二段ベッドが対面に配置された「かいこの寝床」のように連なっている。列車にはお年寄りが三人ほどしか乗っていない。往年の食堂車での豪華な飲食、混雑、新幹線もなく東京まで12時間を要した快速快適な旅が、セピア色に思い出される。
東京駅もやがて取り壊されるという。百年前オランダのアムステルダム中央駅を参考に、辰野金吾が設計した。赤レンガと花崗岩の組み合わせの駅舎には、新幹線が乗り入れ、中央線が屋上より高いところに発着する。駅前には国鉄、大洋漁業、中央郵便局、三菱本社、都庁等が並んでいたが、今は超高層ビルが林立している。駅も混雑して限界である。
やがてセピア色の写真と共に、明治村か小金井公園に保存される身である。(2004年12月25日)
今日、一途に
我が家の前にあった五の宮様の鐘「流転の梵鐘」が保存されている鎌倉の名刹・浄智寺を訪ねた。出来ればその梵鐘を里帰りさせて貰いたいと考えての訪問である。
「スワ鎌倉」と何万の騎馬が馳せ参じたであろう鎌倉街道沿いの「北鎌倉駅」は、北側に円覚寺・南には東慶寺、浄智寺と続く寺の町である。
臨済宗円覚寺派浄智寺は鎌倉五山第四位の金宝山である。創建の13世紀は北条氏が勢力を伸ばし禅宗が最も栄えた時期だという。戦国から江戸時代に入ると鎌倉は農漁村となって寂れ関東大震災で殆んど倒壊し、現在は三門、二階に鐘のある楼門、仏殿、方丈、客殿が伽藍を形作って、多くの観光客が写真を撮ったり秋の静寂を楽しんでいた。
現在の恵温住職にはお会いできなかったが、閑栖住職・朝比奈宗泉さんにお会いでき、大学の後輩という事もあって、お忙しい時間を割いて少年時代からの話をして頂いた。TBSでは「兼高かおるの世界の旅」のプロデューサーとしての話、五十五歳で退職しての雲水修行などは大変興味のあるお話でした。最後に老僧の独白譚「今日、一途に」を為書きして恵存頂いた。(2004年12月16日)
「流転の梵鐘」の項目参照
温州ミカンより一回り大きい甘い、新品種の柑橘(かんきつ)の栽培が広がりつつあるという新聞の記事を読んで興味を覚えた。新品種「はるみ」は、中晩柑橘類のポンカンとミカンとオレンジの交配種の「清美」を掛け合わせた。直径8〜9aの糖度13,14度の甘い品種であるという。広島県の島嶼部と萩で栽培が盛んになっているというので、早速森林組合を通じて苗を十本ばかり取り寄せ(一本800円)て裏庭に植えた。
栽培技術が確立していない難しさはあるものの市場評価は高く、昨年の平均価格は一`約330円とミカンの約二倍だった 大島ミカンが最盛期の40年前には、島全体が段々畑に変えられブルトーザーがうなっていたが、生産過剰で大暴落した72年ころから収穫時期の早い早稲ミカンへの切り替えや品種改良が進んだ。ネーブル、ハッサク、デコポンなどの中晩柑橘類の栽培に変わり、今は農家の高齢化で、ミカン畑も荒れ放題という状況である。
新しい試みであるので不安は伴うが、難しいからやってみる価値がある。仲間を増やして出荷量が確保できれば、インターネット販売で、老後の楽しみも増えよう。(2004年12月23日)
十大ニュース
平成16年(2004年)もあと数日で暮れる。年齢のせいか一年が足早に過ぎていく。大抵の新聞は国内、国際の十大ニュースを載せる。その時は自分でこう考えたとか、その場はテレビで見た、インターネットで調べたと、その情景も一つひとつ思い出されてくるが、やがて忘却の彼方へ去ってしまうだろう。自分の関心ごとを寝転びながら並べてみた。私流「2004年・十大ニュース」である。
鶏イウンフルエンザが発生朝市の人気商品の卵が販売禁止に。(一月)」痛い!。大雪、同級生も集まって昼から酒盛り(二月)愉快!。大歳、小郡、嘉川、佐山、名田島、鋳銭司のパソコン相談終了(三月)大内、吉敷、陶、二島も始まる。楽しい!。シイタケ、ナメコ菌の植え付けに忙殺される(四月)真面目に働く!。朝田神社で育児院コンサート(五月)創る!。光ファイバー敷設(六月)速い!。阿仙原林道草刈り(七月)暑い!。町づくり「食と健康」参加(八月)学ぶ!。台風被害甚大(九月)災い!。里山文化祭(十月)楽しむ!。里シメジ収穫(十一月)実る!。旅する、釣る。飲む。遊ぶ。(十二月)よく遊ぶ!。
今年も大津波に襲われながら暮れていく。残念!。(2004年12月30日)
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失われた時
19世紀の最高文学がドフトエフスキーなら、20世紀代表はマルセル・ブルーストの「失われた時を求めて」であろうといわれる。
仏文学者鈴木道彦氏の全13卷の翻訳が21世紀に入って出版された。正月から県立図書館で借りて再度読み出した。学生の時、サルトル、ボーボワール、カミユ等の実存主義文学を小脇に抱えながら学園を闊歩していた。「失われた時・・・・」もそのひとつ。繊細で濃密なブルーストの孤独な世界を、当時どこまで理解していたのだろうか。見栄だったかもしれない。目覚しい事件も無ければヒーローもいない。醜さや弱点や見栄もされけ出しながら、登場人物は二千人に及ぶ20世紀の人々の物語である。これらは所詮「失われた時」だ。然し人は誰しもそうした時を引きずったまま成長し老いていくものである。
あの頃の学園は60年安保のまっただ中で、夜と霧のなかに彷徨っていたが、教室には小春日よりの光が差し込み、うつらうつらと講義を聴いていた。主人公シャルリウスはドイツ憎しの大合唱の中で、ドイツ贔屓を貫く。卒中で歩行もままならないが、嘗ては社交界に君臨し、恐れられた存在であった。(2005年1月6日)
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一行三味(いちぎょうざんまい)
ひとりの老人が死ぬとその地域の図書館が一つ消えたと同じだという。人が一生のうちに身につけて知識や技術は相当なもので智恵の倉庫は利用してこそ価値が出てくる。
先日知人のIさんが胃がんのため亡くなった。会議録のテープ起こしを一緒に分担して知り合った。高齢者の新しい取り組みにコンピューターを導入しようとして、講習会やサークルを企画し提案していたが、アクの強い性格から、他の人がイニシャチブを取るようになって離脱した。三年前から公民館のコンピューター相談を企画して、市内の九つの会場に広めていった。私も一緒に回りながらITの技術を学んで自信も付いてきた。
彼はコンピューターのプログラムを書いたり、様々なソフトを使いこなす技量を身に付けていた。注ぎ込んだ金も半端では無く、一千万円は超すといっていた通り、新しい機種が出ると即座に買ってしまうというマニア的な性格でもあった。「一行三昧」という禅の言葉があるが、四六時中一生懸命であれという意味で、身に付けた知識や技量は、大いに利用させて貰った。まだまだ教えて貰うことも多く残っていた。合掌。
(2005年1月13日)
大寒の日
「マイナス36℃のシベリヤ寒気が裏日本に張り出し、北海道、北陸は50a以上の大雪となるでしょう」と天気予報は報じる。
20日は二十四節季の大寒の日。年中で一番寒い日である。全国の平均気温がマイナスになるのは、毎年この二・三日しかなく、県内は大雪、風雪、強風、波浪注意報が出されていて、外気温は0℃。
朝、大抵は四時に目覚める。昔の暦・不定時法でいえば七つ時・三時半頃であろうか。「お江戸日本橋七つ立ち、京上・・・」という東海道五十三次の歌があるが、夏ならすぐに明け六つにもなろうが、まだ外は真っ暗である。昔の人は早起きで京上りの人は戸塚を目指して出発した。明るくなると、ジープを駆って吉敷畑の朝市に出かける。途中で空が明るくなり、明け六つとなる。
吉敷畑は小雪が舞っているが、焚き火を囲んで五人娘と古い話をしながらそれぞれに失われた時を談笑する。
明治5年、グレゴリー暦に切り替えられる前の江戸時代の人は、季節に合わせて時刻を決めていた。農業の生活では、こちらのほうが便利である。三寒四温の大寒の日から、やがて立春はもうそこである。(20005年1月20日)
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宇部市で行われた「森林税」の説明会に出席した。山口県はこの4月から県民税の均等割(1000円)に500円上乗せして個人・法人に課税するという。これで3億8千万円の税収が期待できる。目的税でないので何に使われるか分からないが県では税収及び使途は明確に区分し、事業の成果を毎年度公表するという。
県内の森林は、79%が私有林で国有林は僅か3%。高齢化と値段の低迷で手入れをする人も少なく荒れ放題という状況の中では多少でも森林を維持・管理する財源が確保されるのは賛成である。山の所有者でなくても水源の涵養や山地防災、快適な生活環境の維持に森林が果たす役割は大きい。しかし、その税が一部特定団体に流れたり、正しく使われなければ県民の怒りを買うことにもなろう。
この税は三つの柱で森林整備に使われる。
@
健全な森林づくりーダム上流の緊急整備、竹林、間伐の実施
A
協働による森林づくりー森林環境教育や体験学習、普及啓発
B
森林資源の利用促進―木を使った施設・設備の整備等が上げられている。
5年で効果を検証して見直すという。増税したが効果が零では困る。(2005年1月27日)
節分
二月四日は立春の日。中国伝来の節季の一つで立春、雨水、啓蟄、春分、清明、穀雨と続く。太陽の黄径に従って二十四等分し、季節を表した。立春は太陽の黄径が315度の時。この日から八十八夜や二百十日を起算する。
春分の日の前夜が大晦日で、節分の行事が各地で様々に行われる。
節分の豆まきは、奈良時代に中国から伝えられた「追儺(ついな)」と呼ばれる宮中行事と、寺社が邪気を払うために節分にしていた「豆打ち」の儀式が合わさったものといわれている。ついなは、弓矢などで悪魔を追い払う行事で大晦日の夜行われていた。豆打ちは、邪気を生じると考えられた季節の変わり目に行われていた。
この辺りの農家でも大豆をホーロクで炒って、神棚に供え、夜も更けて豆をまいた。昔は「オニハソト、フクハウチ、トナリノカカーノ、ツラーミイ、モノヲモロテモ、クリャーセン」というえげつない子供の声が聞こえていた。年の数だけ紙に包み、夜中密かに道の辻に置くと厄払いになるといわれている。イワシの頭やニンニクなどの臭いものをヒイラギの枝に刺して戸口に立て邪霊を退ける風習も行われていた。(2005年2月3日)
半乾燥野菜
「高槻のこずゑにありて頬白のさえづる春となりにけるかも」(島木赤彦)島木は信州生まれ、諏訪地方は信州でも、とりわけ寒さが厳しく、湖の結氷で御神渡りは有名である。その寒さと綺麗な水に育まれる「真澄」の寒中一番仕込みは、出荷されただろうかと晩酌を楽しみながら思う。いやいや酒談義ではない。酒の肴の料理についてである。
昨年は、小さな家庭菜園の野菜が台風で全滅し、全く収穫は無かった。朝市にも普段の三分の一しか出荷はなく、価格は暴騰した。その後に植えた野菜が育って十一月に漸く普段通りに復活した。野菜を諦めて、キノコ栽培に転じ、里シメジの栽培で投下資本分だけの収入を確保した。温暖化で毎年のように大型台風はやってくるだろう。ならば、温室で育てようと、知人の温室を解体して貰ってきた。近所から頂いた大根、カブ、ニンジン、ハクサイ、タマネギの皮を剥いて電子レンジで半乾燥させる。水分を15%程度抜き、新鮮さと栄養分を凝縮する。冷凍庫に入れておけば長期保存が効く。調理時間は三分の一ですみ、お忙しい人の「主婦の友」ができた。晩酌の野菜料理にもすぐ調理できる。(2005年2月10日)
立春に続くのが「雨水」である。雪や氷が融けて雨や水になる節気であるが、北海道や東北ではまだ雪が降っている。今年は19日が雨水に当たるが、山口では13日に南の温かい風が吹いて晴天となり、庭の草取りをした。梅の花もほころんで、萩の「椿祭り」防府天満宮の「梅祭り」のたよりも聞かれる。それでも陽が陰ると震え止まらない。続いて北風が吹いて雨となり、小雪交じり寒風が吹き荒れた。
16日、地球温暖化防止のための京都議定書が発効した。先進国は二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量を先進国全体で90年度比5,2%削減することと定められ、日本の削減義務は6%で、達成できないと議定書に続く第二期(13年以降)に排出枠が減らされる。
最近の異常気象は温暖化による猛暑や集中豪雨が続き、南・北極の氷が溶け出し海が隆起していて、単にエルニーニョ現象だけとは云えそうもない。地球の平均気温は前世紀で1℃近く上昇したが、今世紀で6℃近く上昇させるという。庭のソメイヨシノの開花は4日早くなり、海水が庭に押し寄せることになるかも知れない。(2005年2月17日)
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春の七草
「セリ、ナズナ、スズナ、スズシロ、ゴキョウ、ハコベラ、ホトケノザ」と春の七草を暗唱して、七草盆栽を仕立てようと田圃に出た。「春は名のみの・・・」で、芽は小さい。一度では見つからないものもあって、土を付けたたまま採取して品揃えを待つことにした。
旧暦の正月7日に七草粥を食べる習慣が平安時代に始まった。奈良時代には七つの穀物(米、粟、きび、ひえ、みの、胡麻、小豆)が作られ、その中に冬に不足しがちな野菜を入れて食べたと云う。七草粥を食べると一年間病気をしないと云われ薬草としても考えられてきた。
セリの若葉は香りが良く健胃生薬として使われる。ナズナは通称「ぺんぺん草」で、スズナは「かぶ」のこと。スズシロは「大根」のこと。
昔はカブも大根も葉っぱを食べていたようで、電子レンジで15分ほど乾燥し、粉末にしてご飯にかけて食べると香りが良い。ゴキョウは「おぎょう」「ははこぐさ」と云い、草もちは本来ゴキョウで作られた。ハコベラは「ハコベ」とも云い、二日酔いやむくみに効く。ホトケノザは菊科の「オニタビラコ」を指す。葉が放射状に地面に張り付いて仏の台座に見立てられる。(2005年2月24日)
森の夢
山口盆地の奥座敷、木戸山トンネルの近くの宮野杖坂に森林ボランテイアの「マロニエの森の会」(斉藤亘会長)が「森の夢」自然体験道場を完成させた。土地の提供は従弟のI君。彼は養鶏を手広くやっていたが病気が元で車椅子の生活を余儀なくされ、山林や田畑も手入れできず、荒れるに任せていた。鶏舎を譲り受けて阿仙原に移設して「癒しの総合病院」の活動拠点にしようと思っていたが、マロニエの会の斉藤さんが森林ボランテイアの活動拠点にしたいと考えているのを知り、現地活用が適切と諦めた。1.2fの農地、500uの鶏舎はペンキを塗り、天井を明るく張替え、入り口には丸太組の装飾も施し、見違えるほどに蘇った。
里山を二十年間管理委託して活用される。会員90人のボランテイアがコスモスの種を播き、マロニエや果樹130本を植え、食べられる野草を育て、「自分の水と空気は自分でつくろう」と自然を守る運動の拠点が生まれた。小中学生のキャンプや、研修場所、展示場、障害者の野外活動、里シメジの育成などにも活用できよう。
改修費は県や市から二百万円の補助と会員の三十万円であったという。・(2005年3月3日)
フジVSライブ
最近のニュースで目を離せなのがフジV対ライブドアのバトルであろう。裁判係争中でもあり方向は見えないが行く末が気になるのは私だけではあるまい。ライブドアは新しいインターネットのプロバイダー。私のホームページ「道男の随筆」も開く度にプロダイバーに広告料が転がり込む事を考えれば、ヤフー、インフォシーク・楽天市場、ソフトバンクなどIT企業の元気な姿は目を見晴らせる。球団を買う、ドーム球場を買う、銀行経営に参入する、ニッポン放送を買う、テレビを支配すると鼻息は荒い。
ITの取り組みではシンガポールが第一位で、日本は第八位というが、最近は日本のIT技術も捨てたものではない感じが身近に感じられる。パソコン相談では、老若の主婦、退職後の高齢者の勉強に熱が高まってきた。帰郷時、東京より二年遅れの感じがあったが、その格差も少しずつ狭まっていると実感する。
さて、ニッポン放送の株をフジTVが36%を公開買い付けをした。一方ライブドアは46%で五割が目標。第一ラウンドではフジTVが目標を達成したが、やがてすぐにネット時代がやってこよう。(2005年3月10日)
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