弥生コブシの花
鴻南中学校の裏山の朝田墳墓群から出土した二千年前の種子が発芽し「弥生コブシ」と名付けられた。英国から駆けつけた著名な植物学者・デウィッドアッテンボロウ卿も立会い、開花の瞬間を撮影して「植物の生涯」という題で95年の1月、イギリスのBBCテレビで放送され、世界中の人々が驚き感動した。
二千年前の種子が発芽し花が咲いた例としては、大賀一郎博士のハスが有名で、その種子は全国のお寺に分けられて「大賀ハス」の名で毎年開花を見ることができる。コブシはハスと比べて種皮がはるかに薄く、二千年も生命を維持し続けたことが不思議なのだ。
話は二十年前にさかのぼる。国道九号線バイパス道路の事前調査で、朝田墳墓群遺跡の発掘が行われていた、深さ二bの弥生中期の食物貯蔵穴から種子が出土し、県埋蔵文化センターから山口大学農学部の宇都宮宏講師に鑑定が依頼された。「もしかしたら生きているのでは」と種子が育てられ十年後の92年10月花弁がつき、翌年4月3日ついに開花した。もう一年待って科学的な実証が試みられ、BBC放送や科学雑誌記者の前で開花が見守られた。それは花弁が八枚あって驚くべき進化の歴史を秘めていた。(2002年9月4日)
大歳勝井の西、高井との間の、「郷の尾堤」という溜め池がありトンネルを掘って用水を確保してある。その北側を山口・宇部高規格道路が計画され、平成十九年開通を目指して買収も進んでいる。このトンネルは江戸時代の土木遺産としても貴重なもので、保存方を県土木事務所に依頼した。堤の東側の墓地に由来の碑文がある。要約すると「この堤は集水域が狭く雨が頼りで、僅かの日照りにも高井・勝井村民は困っていた。文化十二年(1815)庄屋の伊藤五兵衛、勘左衛門親子はこれを救おうと、山にトンネル30bを掘り水路を造って、法満寺側から水を引くことに成功。そのため8年後の大旱魃にも無事であった。村民はその恩徳を偲び、その秋(1823)にこの碑を建てた」とあるが詳細は明らかではない。連続する小郡丘陵の開発については農業高校の西の「椎の木峠」の隋道が同じように保存されている。林勇蔵が7年をかけて掘り、附近十町余の新田を開拓した。勇蔵は矢原村の庄屋・山田和吉の四男で、十四歳で仁保津の林文左衛門の養子となり、絵堂の戦いを支援する。その後椹野川改修、地租改正などに功績を残し地方農政家として尊敬を集める。郷之池の碑は勇蔵二十歳のころの建立で、開拓はこれを念頭に置いていたであろう。(20029月11日)