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道男の随筆


春化

 
冬の阿仙原にゴーという北風が吹く。植物の種子が寒さに震えて堪えている姿が目に浮かぶ。しかしそうでは無い。哺乳動物である私の感情は寒い冬を避けて南方へ春の日差しを浴びに旅に出たいと考えるが、動くことのできない植物は「お花が咲いて、実が落ちて、芽が出て、葉が出て、花が咲く、そうして何遍廻ったら、その木はご用が済むかしら」(金子みす)という輪廻の世界を繰り返す。秋に採った雑草の種子を、すぐに発芽させようとしても決して芽を出さない。冷蔵庫で保存するか、木枯らしの吹く冬の寒さに出会わなければ発芽しないのである。

 昨年植えた、リンゴ、梨、柿、栗、蜜柑、梅、桃も夏の間に花芽をつけ、冬の寒さに堪えなければ決して結実はしない。冬の寒さを感じて蕾を作る。これを「春化」というが、スイセン、チューリップ、ネギ、キャベツも土の中でじっと耐えて春化され、暖かくなると一斉に成長し、花を咲かせる。春分の日も近い、春化した草花が競って花を咲かせ始める。雑草と私の生存競争が本格化する。今年こそ雑草に負けるものかと、草取りを始めた。(2005年3月17日)



                

同期の桜

 山口高校時代の同級生・山本恵次君は六尺豊な居丈夫であるが、心は誠に優しい。彼は霞ヶ関の東京家庭裁判所に勤めた後、今は法律の普及を図る法律家協会に勤めている。東京には「東京山中・山高会」があり、旧制山口中学と新制山口高校の先輩・後輩が年に一度集まる。岸信介総理、佐藤栄作総理、安部晋太郎代議士、産業界の重鎮も同じ高校ということで気軽に交流できる場でもある。

 会が終わればたいてい街へ繰り出して同期のクラス会となる。山本君は、故丹下健三(先日亡くなった戦後を代表する建築家で東京カテドラル聖マリア大聖堂・旧都庁・新都庁舎等を手がけた。山口情報文化センターの設計はその弟子磯崎新などによる。丹下氏は美環花盛会を作り身近に桜の名所を作ろうと提唱)の花盛会の活動を続けていて、山口高校の庭に桜を植えようと呼びかけた。募金のお金で京都・平安神宮のヘイアンベニシダレ等日本各地の数十種の桜と京都・高尾山のヤマモミジ等計八十本を贈ってきた。山口の63・64期生があらかじめ学校で指定した所に植えた。校舎が後河原から糸米に移って五十年。友よ感謝の美酒を酌もう。(2005年3月24日)



菜香亭再興

 昨年10月に(2004年)菜香亭が再建され、山口市の歴史観光拠点、市民交流の場として甦った。
 明治10年(1877)創業から約一世紀に亘って運営されてきた「祇園菜香亭」は国道9号線七尾山トンネル入り口の南に移転し、復元された。

 158畳の大広間や台所、中庭を挟んで二階造りの客間や居間も復元された。再建前の様子を知っているので、どの様に復元されたかとの興味もあって「やまぐち暮らしの工芸展」を覗いて見た。山口県産の農産物や工芸品の即売会もあって山口萩焼作家協会の大和兄弟・保男、敏男、信昭、稔、努さんら会員の作品も展示されていた。さらに萩焼きの業者、赤間硯、大内漆人形などの展示即売もされていた。

 興味を引いたのは大広間に掲げてある扁額であった。三条実美の「快作楽」井上馨「菜香亭」西郷従徳「敬天愛人」田中義一「義氣凌秋日」伊藤博文「一家天地自身」杉孫七郎「有趣」岸信介「澄心静慮」佐藤栄作「独座大雄峯」田中角栄「微風和暖」竹下登「我が道を行く」等政治家、文人墨客の書が掲げられていた。これらは厚東孝治さんの手によって萩焼作品にして売店で売られている。(2005年3月31日)


菜香亭のホームページ

さよなら菜香亭より