都会と田舎のくらし
東京生活40年。定年を迎えて高校時代まで過ごした故郷に夫婦で帰ってきた。「山は富士、海は瀬戸内、住む葉山口、魚は美味しいし、ねえちゃんは綺麗」と洒落て、田舎生活を始めた。最初は古い友人に会っても「何方様で?」と浦島太郎の心境だったが、段々顔見知りも増えてきた。そうなると「どうせ暇だろうから」と「地区史の編集を手伝ってくれ」「選挙を手伝ってくれ」「コンピューターを教えてくれ」といろいろな注文が持ち込まれる。「故郷を知る良い機会だ」と気軽に引き受けていると、結構、忙しくなってくる。
都会生活では、便利さを追い求めて足早に歩いてきたが、これからはもう少しスピードを落として「急がず、たゆまず」と心に決めていたところ、以外に「老後は山口で」と都会を切り上げてきた人の多いのに驚いた。
私はカメラを持って、山口の珍風景を探しに出かけた。そして朝田川の流域のゲンジボタルの幻想的な風景に圧倒された。最近、強い農薬を使わなくなったことや減反で、各地にホタルの発生が見られるようになった。早速、「朝田川流域シンポジューム」を開き、里村の自然保護や開発について話し合いを始めた。
私の子供のころは、ホタルは箒ではいて捨てるほど乱舞していて、珍しくもない夏の風景であった。
山陽線以北の小郡、防府、山口の地域が、ゲンジボタルの発生・生息地として国の天然記念物に指定されたのは、昭和10年である。
室町時代の文書に、旧暦4月20日を「ホタル合戦の日」とし、ホタルの捕獲を禁止し、捕獲したホタルを放してやる風習もあったと書かれているので、五百年前から町を代表する代名詞でもあった。
山口ふるさと伝承総合センターでは、ゲンジボタルの生育を10年間にわたって観察し、記録に残している。それによると、前年産み付けられた卵が孵化し、幼虫になってカワニナを食べて六回脱皮する。幼虫は五月頃の水温、気温が十四度にとなった、終日の雨、午後のかなりの雨量の日に、自ら這い上がって上陸する。土の中でサナギになり、十日程度で羽化する。浮化した成虫は、地上に出て相手を求めて光り、卵を産む。一週間の命だそうだ。
新世紀は環境の世紀といわれる。ホタルは、環境保全のバロメーターともなる。
今年もゲンジボタル発生の情報が一の坂川、仁保川、宮野川、吉敷川、黒川、小路川、大歳・朝田川からも寄せられた。
「趣味は?」と問われ「魚釣り」と答えるのであるが、まだ奥義を究めるほどの経験は少ない。
外国の海や川、伊豆諸島や銚子沖に船を浮かべたこともあったが、最近は北浦や秋穂の浦に年一,二回連れて行ってもらう程度である。漁師は「相当沖に出ないと獲れなくなった」という。160年ほど前、小郡湾にはタイ、チン、カレイ、キスゴ、スズキ、カナガシラ、エソ、カマス、エビ、エイ、ハモ、コチ、セイゴ、コアジ、イワシ、サワラ、ボテ、イカ、ニシ、サザエ、ハマグリ、アサリガイ、マテ、シロガイ、フク、メバル、カイメ、ナマコ、イイダコ、マフタコ、テナガダコなどが、小郡宰判が編纂した「風土注進案」に記されている。今日秋穂魚市場に水揚げされる種類と変わっていないが、漁獲量は確実に減っていると、言われている。
釣りのモラルとして小物はリリースすることを心がけているが、一方で細かい網目の漁網で一網打尽に獲る漁法にも問題があろう。海にビニール袋や空き缶が棄てられ、ボートが網を切ったり、争いは絶えない。小郡湾に注ぐ椹野川流域で川を清掃したり漁礁や養魚場を造ったり、育てる漁業の努力が始められているのは有り難いことである。
国家規模のプロジェクトで研究開発されたものが民生用に開放され、使われているものが多々ある。卵焼きに使われているテフロン加工のフライパンはNASA(米航空宇宙局)の宇宙ロケットが大気圏突入の高温に耐えられるものとして開発されたものである。
GPS(地球位置システム)は、飛行機や漁船、自動車に取り付けられて、地図上に現在地を教えてくれる優れものである。つい10年程前には、三つの衛星から送られてくる電波はミサイル防衛のため時々、誤差電波が発信されていたが、今は九つの衛星が正確に教えてくれる。腕時計型のGPSもあって、これを山の境の測定に使えないかと調べてみたが、深い山林では大木が邪魔して使えないだろうと、未だ利用していない。
日本でも種子島から打ち上げられた地球観測衛星が撮影した写真は誰でも利用できる。IKONOS衛星からのデーターは、宇宙から鳥瞰したもので、小郡湾から椹野川、拡大していくと維新公園のトラックまで鮮明に写っている。正確には、1b幅の物まで解析でき、打ち棄てられた廃船や駐車違反の車まで判別できる。最近、檜舞台の上で晩酌している姿を衛星はお見通しのことであろう。