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今夜の番組チェック

     道男の随筆
    中秋の名月 郷土の歴史話 スローステップで

陽はまた昇る

 「また、きょうという日が始まる、変わり映えしない毎日が続く、これから先いつまで続くのだろうか」と深夜につぶやく。こんな憂鬱な日は、雨模様の曇り空で、体調の優れない日が多い。
 昨夜は夕方から酒を飲んですぐ寝てしまった。深夜に目を覚まし、へミングウエイの「フェスタ」を一章ばかり読む。また、「林勇蔵日記」を斜め読みする。
その都度時計を見るが時間はさっぱり進んでいない。「何時になったら空が明けるのだろうか待ち遠しい。今日は何をしよう。」という日は以外と調子が良い。
 今年は天候不順で、台風や梅雨の大雨の大水、冷夏の日が続いた。特に先月20日の大雨で阿仙原林道は四ヶ所ほど崩れ、水が道路を洗って上がれなくなった。出張所に相談を持ち込み、補正予算で修理しようということになったが、当分山に行かれないので「半農半遊」の日が続く。

昨年池田林産にブルを一回かけて貰い、所々にアスファルトを入れて「260万円相当だよ。」と乗用車でも上がれるほどに整備して貰った。梅雨時期までには側溝も綺麗にしておこうと思いながらも後手になったことが悔やまれる。「あと何年生きるか知らないが、何といっても未来に希望を持たなくちゃ。」と同じ「陽は昇る」でもニューアンスは体調や条件によって違う。

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中秋の名月

「今はもう秋、誰もいない海」と、ヒデとロザンナの歌を口づさんでも、ここ数日夏を取り戻したとも思える残暑が続く。沖縄を北上していた台風が幸い韓国に抜けたが、烈風が吹いて咲く前のコスモスをなぎ倒してしまった。台風一過でツクツクボウシや赤トンボが見えない秋を感じさせる。「風の音にぞ驚かれぬる」との秋は今年は何となく実感できないが、夜中に耳を澄ますとやはり虫の音が各処でする。

 9月は長月といい夜長月ともいう。陰暦では、7・8・9月が秋の季節で、8月の真ん中で仲秋ともいった。一年中で一番月が美しいので「仲秋の名月」を愛でる。今年は9月11日で、約6万年ぶりといわれる火星大接近で県立博物館には屈折望遠鏡を通して火星を一目見ようと千人以上が集まったという。私もその名月と火星を見たいと月の出を待ったが、早い流れ雲に隠れて月は顔をださなかった。

 先日西の高野山といわれる湯本の大寧寺で「地域づくりフォーラムin長門」が開かれ「自然と人間との心地よい関係を求めて」のセミナーに参加した。町並みの保存や里山の活用、スローフードの実践事例を聞き、無農薬栽培の米を醸造した「身土不二」の酒を積んで夜道を帰った。月がとっても青かったのでこれで今年は満足しておこう。

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郷土の歴史話

鴻南中学校で夏休みに地域の出来事を調べてレポートし、9月になって吉敷・大歳の歴史について話をしてくれとの連絡が大歳史談会に届いた。50年前の母校の出身者ということで私が話をすることになった。
 体育館に一年生260人を集めて話すのであるから、どうせ話は聞いてくれないだろう。どんなことに興味があるのか学校を訪問し、レポートを見せて頂いた。朝田古墳、明治維新、学校の成り立ち、戦後の生活、現代の様子、施設の歩みなど一人ひとり関心が違い戸惑うばかりである。

  最初に吉敷の歴史を市立図書館にお勤めの升井さんが縄文から現代まで概略話された。体育館はむし蒸しするほどに暑い、まして午後の睡魔の襲う時間。頭の体操のレクから始め、地球観測衛星から撮った大歳の写真や学校裏山から出土して二千年ぶりに咲いた「弥生コブシ」の花や大内時代の朝鮮との交易などに限って話して「あとはインターネットで調べてみなさい。」と逃げた。この中学校でインターネットで調べ物が出来る生徒は約半数。検索方法、図書を紹介して40分は瞬く間に過ぎた。

 最後に「ぶちええ!大歳百景」を記入して貰い、インターネットで配信すると約束した。興味はやはり「弥生コブシ」の話であった。(2003年9月18日)

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スローステップで


 上京中、自民党の総裁選挙が行われ小泉政権の功罪が様々に語られた。中でも高村正彦氏が総裁選に立候補して政策を争ったが健闘しながらも破れた。未だ若いので大いに将来活躍して欲しいと思っている郷土の政治家である。翌日はまた新聞を見て驚いた。安倍晋三自民党幹事長の誕生と河村建夫文部科学大臣の誕生である。高校の先輩としてお流れも頂戴した父君が偲ばれる。また自由党と民主党が合流し、管直人氏が党首となって野党勢力が結集する。この人も郷土出身の政治家で、山口県の政治家が競い合う時代が再来したとの感が強い。

 話は変わるが明治神宮での姪の結婚式に出て明治の森を散策しながらスローな時間を過ごす。人々が一本づつ手植えした樹木が60年を経て鬱蒼とした森に育っている。早く帰って、森を手入れし、百年後の森を育てたいと、別のことを考えていた。

 帰途は十時発の寝台列車「出雲号」に酒と夜食を積んでステテコ一枚でコンパートメントに潜り込んだ。静かに流れる町の灯を眺め、中国山脈を縦断して山陰回りと乗ったが岡山駅でふと乗り換えて帰ってた。

 来月は小金井公民館50周年のシンポジュームに呼ばれているので、「のぞみ」に初乗りして、帰りは裏日本の秋を満喫し、もっとスローな旅をと考えている。(2003年10月2日)

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